息子。

Wednesday, January 11, 2023 - Posted by Knz  at 12:07 AM
息子の中学受験初日。


結果は滑り止めの学校だが、いきなり合格。


滑り止めだから当たり前、が想定する結果なのかもしれないが、それでも親としては嬉しい。


小学3年から進学塾に通わせ、まだ友達と遊びたい年頃だし、他の習い事を捨てて、受験に集中させることに葛藤はあったが、合格した、という事実からは、ついこの前、小さな身体で生まれてきて、はいはいしてたような息子が、大事な局面でちゃんと結果を出せるようになるまで成長できた、ということが嬉しさの本質。


わたしは正直、息子の滑り止めよりアカンところしか受からなかったことからすれば、御の字である。


まだ本命が残ってるので、息子には頑張って欲しいが、全落ち、という最悪の結果は初日から回避できたことが、何より親としては精神衛生上、健全を保てることになり、ほんとに親孝行な息子、と、讃えてあげたい。


ハラハラした初日だったが、ほんとに良かった。


ずっとガミガミ言いながら、ワタシにしこたまウルサイ、と苦言をくらいながらも並走してくれた妻にもほんとに感謝。


Regards,


Knz

シミュレーションゴルフ。

Saturday, January 7, 2023 - Posted by Knz  at 10:32 AM
シミュレーションゴルフの無料体験をして気に入り、会員となり、本日から稼働。

使い方に慣れてくるとかなり有用である。

打ち放しだと何がいかんので、というのが不明だが、数値や様々な角度での動画を見て、ベンチマークになるプロの動画と比較して、など、普段仕事でデジタルに計数を見て改善を考えるのと似た感覚で、自分の至らぬところを踏まえ、仮説を立ててやり方を見直してみる、と繰り返すと、初日でかなりの改善効果を実感できる。


コース練習のシミュレーションもできるので、スイングが安定してきたら、シミュレーションベースで色んなコースを短時間で効率よく数をこなし、擬似的な経験値を蓄積していけそう。


一度会員になれば使い放題、なのも、自分のような人にはうってつけで、コストが不変ならあとは自分のペースで無理ない頻度でやり続ければ100切るようなスコアも狙えそうな気はしてくる。


パターはまともになってきてる(練習で1パットで連続して入れる練習をしておくと、本番で2,3パットで済む)ので、あとはウッド系とアイアンが自分の意図した範囲の方向、飛距離でコントロールできるようになると、まともなスコアにしていける気はする。


ただ、本番のコースだと風だの、綺麗な角度では打てない、バンカーもあるし、ラフのうち心地は異なる、グリーンも傾斜や芝のコンディションで常に異なる、も様々な変数があるので、実地の経験値はやはり不可欠だろう…


とはいえ、実地以外でもできる改善はシミュレーションで多く捉えられる(少なくともpar3,4,5での1-3打くらいの感覚値は大分得られそう)と思うし、スイングの改善を継続的に取り組み、精度の高いショットを打てるようにする、といった期待効果を得られるのは間違いない、と思うので、暫く数をこなしてみよう、というところか。



Regards,


Knz

疑問。

Friday, January 6, 2023 - Posted by Knz  at 10:44 PM
何でこんなpoorになっちゃうのか、、、と首を
傾げざるを得ないような人が世の中にはいる。

結構な大学出て、資格とかも凄いハイスコア
だったりするのに何で?、と首を傾げてしまう…



俗に言う、ツブシが効かない、というのはこういう
ことを言うのだろうか、と。


会社の外に出ると、どんだけ汎用性ないのか、
そんなの同一産業の競合企業くらいしか欲しがらんよ、という状態の人は世の中に数多いる。
にも関わらず、売り方を明らかに誤ってる、感覚の鈍さ、というのか、センスの無さ、というのか、、、


マーケットの感覚が無い、ということなんですかね…
学校じゃ習わんからな、、そんなの、、、


てか、習わないと身につけられない人、という時点で終わってる、ということなのか…



うーん…学生時代も今も優秀、と言われてそうな人でも、会社の外に出て、出方を間違うとかなり痛い状態に見える人、というのは、側から見て勿体無いなあ、、、としか言いようがない…



うーむ、何とも…



Regards,



Knz

高福祉国家→超高負担化、か。

Saturday, October 1, 2022 - Posted by Knz  at 4:46 PM
一億総中流が崩壊、トップ層とそうで無い層に分かれる、という構図に益々なってきている様子。


足元、社会保障費だ消費税だ、と中々どうして、増える一方ではあるが、トップ層以外が経済的に潤うようなトレンドが来ない限り、というか、抜本的な生産性革命のような変化は起きなそうな国ゆえ、多分来なそう…、このまま高福祉継続のための公共サイドからの再分配的なアプローチは続くだろう。。

少子高齢化だけでなく、経済面のパイの拡大の乏しさにインフレが重なり、中々、痺れるトレンドが普通に起きているように見える。


何かのニュースで夏休みとかは給食がないから食べさせることができない、とか、おいおい、その家は家計が公共サービスありき前提で既に崩壊してるだろ、、という苦境のようなものも世の中には起きているらしい。


こうなると、これまで以上に自己責任、自助努力で昔なら普通、と言われた水準のキープ、改善を念頭に日々、現状に甘んじることなく精進して明日は我が身、という気概で仕事だ資産形成だのに取り組んでおかないと、気づけば自分も公共サービス、公的支援前提でなければ家計が運営できない、という事態になりかねない。


結構、ボディーブローをずっと受け続けながらも、カウンターパンチやジャブだのストレートだのをかましていかねばならん、という話で、ゆるりと過ごしていれば大丈夫、なんて世界観では決してないのは確かだ。


日経に、経済対策の膨張が常態化、とか書かれていて、これは結構やばいのではないか、と思い、綴ってみた。




Regards,



Knz

いつも救われるのは音楽に。

Saturday, July 23, 2022 - Posted by Knz  at 11:03 PM
奄美から戻ってまもない日々に、突然、かなりアイデンティティクライシス気味な事件が発生し、つい数日前まで頭の整理に時間を要した。


整理すると、そこまで大したことはなく、粛々と、また淡々と新たな展開を自分なりに描いた上で、いつも通り自分が最もエンジョイできるようにするだけ。


幸い描けるのは自分しかいない。むしろよりオンリーワンな掛け算で、自分のやりたいようにできるのはストレスなくポジティブか。


今の自分の周りを見渡しても幸い良好な景色。みんないい顔して仕事してるなあ、と今週、改めて思ったし、大変さの中にもそれぞれのチャレンジを楽しんでいる風も感じられる。


自分、だけでないかもしれないが、やはり環境は大事だとつくづく思う。良い方にも悪い方にもベクトルが完全に変わる。それを自分である程度ディレクションできるのはやはり恵まれてるかな、と思う。


もうこうなると行き着くところまで行くしか無い。迷いはあったが、未来の自分にとっては結構第二創業、というくらいギアチェンジは必要だが、でも深くゴリゴリ突き詰めていくと、必ずや自分の幅を広げられそう、とも思う。行き着く先はどこなのか全く想像もつかないし、、、と、このくらい不透明なくらいが自分は飽きなくていいのかもな、と。


こんなに綺麗に整理できるとは思わないくらいのインパクトが今回事案にはあったが、好きなアーティストの曲の歌詞にたまたま凄くタイムリーな詞が耳から入ってきて、何十回とリピートして聴きながら勉強してたら何か凄く落ち着いていられるようになった。

Yukaliのsweet rain。これは名曲だやね。結構前にも聴いていたが、今日が一番刺さったかも。

詞の全体構成は恋愛ものなのかもしれないが、凄く詞もメロディーもいい。もちろん歌も。ソウルフルでいいですね。



<悩みながらでいい、迷ったっていい
  痛みもパズルのピースだから
  繋げてゆこうよ 夢のかたち
  笑顔で笑顔の君に会いたい>

Lyrics from the song by YUKALI




Regards,



Knz

部下に救われる。

Wednesday, July 13, 2022 - Posted by Knz  at 10:27 PM
あまりこのようなことはあるようでなかった気がする。本質的には。


部下に救われた、と思うことは。


よく聞く話であるが、優秀な部下にここぞ、というときに救われる。それは美談として美しいが、大抵は自分でも当然できることを部下にdelegateして部下がキッチリやってくれた、ということではないか。通常、極めて政治的、という事で無い限り、ちゃんと実務ができる、秀でてできることが上席の前提要件であると思うので。もしそうでないなら、終わってる会社であると思う。


今日、思ったのは、中々際どいシチュエーション、抜本的に考え直す必要がある状況において、自分が採用した部下の働きぶり、前向きな仕事への向き合い方、自分への期待、頼りにするポイントなど鑑みるに、自分の存在価値はあるようだ、という確認。


それは上司とかその上の上層部がどうこう、というより極めてストレートに心に響く、というか、人としてどうか、というレベルの受け取り方、に近い。一度会社員、ということを度外視して、純粋な人と人との関わりとは、というところに立ち止まると、応えないわけにはいかない、という気になる。


そういうものを感じた日。


いくらメチャクチャでも、困惑するようなことが相次いでも、気を取り直せるかどうかはひとえに、そのとき周囲にいる人たちがクリティカルファクターである、と肝に銘じるほどに実感を持って、部下に救われた、と思った。



結局、どういう人と関わりながら人生歩むのか、ともに歩みたい、と思える人がどれだけ周りにいるか、というのが人生における充実さを語る重要ファクターではないか。



Regards,


Knz