自己防衛。

Sunday, June 6, 2021 - Posted by Knz  at 5:43 PM
こういう記事見ると、退職金、とはかなり効率悪そうだ…と思わざるを得ない…



退職金を支払う企業サイドはどういう経済環境下かによらず、運用資産分を売却し、退職者に退職金を支払う。

退職者は受け取った退職金が巨額で、いきなり運用商品に突っ込む…積立投資などしているとドルコスト平均法が使えるが、巨額資金だとしにくい…退職時から積立てを始めることも考えられるが、キャッシュインフローが入って来なくなるので、取り崩すしかなくなる。しかもこの記事でいう数千万など、現役並みの生活してたら数年くらいでなくなるような金額ではないか。もっても10年か。

とすると、その先どうするのか。

長寿リスクに晒されまくり、そのexposureたるや身の毛もよだつレベル。国民のいくらかがこの記事のような金融リテラシーの低い人だとすると、それだけで社会保障コストはドンドン高まりそうで、この国は大丈夫か?と思わざるを得ない。投信の購入時に3.3%も抜かれてることに気づかない、そもそも、ネット証券なら無料になってるような販売手数料が、窓口にわざわざ出向いてさらに抜かれ放題抜かれてる、と側から見るとアホか、と言わざるを得ないような有り様である。

長期でcashflowのプロジェクションをしたうえで、どう暮らすのか、自分と妻の長寿化リスクをどう見積もり、どう対処するのか。子供や親族に頼るなんてもってのほかで、自己防衛はつぶさに経済環境を見据え対応せねば。


Regards,


Knz







経済的な幸福の飽和点。

Saturday, June 5, 2021 - Posted by Knz  at 10:02 PM
まだ書くのは早い気がするが、家とか車とか、でかい買い物を除けば大半のことは望む通りにできると経済的にある程度満たされており、物では満たされなくなる。

関心事が違う物に移る、という方が感覚的に正しいか。

数十万の物を買って得られる幸せ度より、子供や妻と楽しい話ができてる方が幸せ、という方がより手触り感がある気がする。


子供の手を握って寝かしつけて、グースカ眠りに入る様を見ることの方が、心がグッときてる感じがする、というとよりダイレクトに伝わるだろうか。


私は残念ながら出来た夫でも父でもないと思う。かなり自分のやりたいようにやってしまっているので。ゆえに子供の寝かしつけの反応くらいで、世間では考えられないくらい幸福度が増している、逆に言うと、ほとんど触れ合ってなくて、かなり稀にそうした体験をしてるから、より大きく感情に訴求するものがある、ただそれだけだ。キレイな話でも何でもなく、仕事や趣味、勉強など、自分だけの時間に相当な割合を割いており、前時代的な男性像をそのまま地でいってるのだろう、と嘆かわしいが、でもそうでしか生きれていない自分が素の姿見なのだろう、と。


ワーカホリック、というより、多分、走り続けてないと不安、という、ただそれだけなんだと思う。就職氷河期のことや、老後、長寿化、とか考えると、日々、漫然と過ごすのがただ怖くて、フルスロットルで走り続けたられてるか、と自問して、はい、と言える状況を作り続けないと、どこかで踏み外し、家族を困窮させる、更には親など親族に迷惑をかけてしまうのではないか、という畏怖があるのだ、というのが正直なところ。多分、精神科医とかに診てもらうと一種のトラウマですね、とか言われるのではないか、と、あまり誇れる状況ではないのだと、何となく自認している。


でも、どこかでそういう可能性も気にし出すとキリがないし、どうでもいい、とも思っているのも事実。
アドレナリンが出続けてれば犯罪とかに手を染めない、倫理的に問題ない線でいる前提なら、自分がいやな思いをすることを極小化できている、ワクワク出来ている限りは、それでいいかな、ともぼんやり思っている。

新卒で働き始めたころには今のような精神的コンディションは想像もしなかったが、何かの手段で、自分の意思だけで実現できることにはあまりリターンが大きくはなくなる、ということもあるのだな、と。自分ではコントロールできないものを、自分の行動で想定を上回るリターンがあると幸せ、と思う、そういうことなのではないか。





Regards,


Knz

どんな本でも語られないこと。

Saturday, May 22, 2021 - Posted by Knz  at 11:14 PM
今まで読んだどの本にも書いてないが、恐らく真理と言えること。

世の中、もっと小さく言うと、自分の働く環境での利害関係者の効用最大化をすること、これが仕事をする上での最適行動、だと思う。

会社員だろうが独立して事業をしていようが関係ない。同じだと思う。

大前提として、コンプライアンスの遵守、不法行為はしない、ということが不可欠だが、その前提のもと効用最大化するためのアクションを取り続けることが、自分へのリターンの最大化、それは遅行指標なので後でついてくるだけ。

頭のいい人、インテリジェントな人はもっと難しいことを考えるのだろうが、真理はこれしかない、と信じている。

ちなみに利害関係者、とは上位職者だけでなく、同僚、部下に対しても同義である。レベル感として上位職者が優先度高くなる気はするが、同僚、部下も無視をすることは、結局自分に跳ね返るので、合理的ではない。


もっと抽象化すると、常に正しい、と思うことをやるだけである。何が正しい、とされるのか、数多の要素に鑑み、複合的に都度判断するしかない。


その判断の成否はひとえに自分次第である。



判断の成否を高めるには自分がひとつでも多くの経験、成功と失敗を積み重ね、自分の事例だけでなく他の事例からも貪欲にlessons learnedを繰り返す、積み上げることでしかなし得ない、と考える。



ふと落ち着いて思いにふけ、真理と言えるであろうことを自分なりに整理し、前に進む、軌道修正することが大事だと思う。何度も何度も飽き足らず、ね。



私なりの考えはこうだが、このような自省、振り返りが個々人には必要だと強く思う。これを継続的にやっている、という人に過去の上司で一人だけあったことがあるが、彼は大嫌いな人であると共に最も尊敬する、いいところだけはロールモデルにしている人である。あり得ないくらいのスピードで成功を成し遂げている人であると思うが、いいところだけに限れば本当に見習うべき点は多く、日々の自分の行動の指針にもなっている。


やはり自省の繰り返しは大事なプロセス、習慣なのだと思う。




Regards,

Knz

学卒就活。

Wednesday, May 19, 2021 - Posted by Knz  at 11:01 PM
大学出るときの、いわゆる新卒の時の就活は
どう考えても失敗だったと思う。

当時は凄まじく苦労した、悔しい、と思ったが、
その後の専門学校数年をバイトしながら試験勉強して、と一人で黙々と将来こうしたい、こうなりたい、と思いながら取り組んでいった時間は、振り返るとあれで良かった、と思う。


下手に汎用的なスキルも磨けない、30代まで若手前提で下働き、みたいな人生で、今のようなご時世となると、茹でガエルで過ごして、気づけば退職勧告、とかなっていたのでは?と思う。


大した大学も出てないので、腕一本で勝負できるようになることしか考えずに過ごしてきたが、ふと思えば景色がだいぶ違うことにも気づく。


やはりいつも思うのは、人は欺けても、自分の素は欺けないのだ。人を欺きつづけていると結局欺くことに長けるのみで、自分のその他は成長していない。いざというときには何もできないのだ。


そういう可哀想な人は世の中にごまんといる。というかそういう人がマジョリティと言っても過言ではない。


アリとキリギリス、うさぎとカメの話はシンプルだが非常に真理を語っているなあ、といくつになっても変わらず思う。



ごまかしは効かない時代に益々なっていくんだろうな。



まあ、他人はどうでもいいので、自分が粛々とやるべきこと、目指すことをやるのみ。



Regards,


Knz

コロナ禍で近づくOnline MBA。

Friday, April 30, 2021 - Posted by Knz  at 12:44 PM
Onlineで某資格の動画をパーツでポチっと買って、
ジムでランニングしているときに見始めているのだが、これが結構良い。テキストや問題に向き合うよりコンセプトが頭に入る。インドの専門学校の皆様、ありがとう、という感じ。


ファイナンス系の二強のライセンスが取れたとして、国際的にマネジメントとみなされるには経験値だけでなく、MBAが、となるときもあるのか、と思いに至るのだが、そういえばコロナ禍になると国外に行けないし、最近のオンラインMBAは進化してたりするのか?と想像したところ、案の定進化しており、今まではキャンパスに渡航する期間がマストで設定されていたのが、国によってはロックダウン状態、という状況では、入学から卒業までフルリモートでやれそうな雰囲気。実際はコロナ対応が緩和されたらフルリモートは許されなそうだが、これを機会に、フルリモートで済んでしまうオンラインMBAは結構出てきそうだな、というのを何となく感じる。

少し調べた感じだとまだチラホラそういう事例が出てきているくらいで、実際にはまだ少数で、ハイレベル校ではImperial college londonとかは先を行ってる感じがする。

オンラインだとリアルに留学する費用の半分以下で済む様子で、中々身近になる。


Zoomとメール、チャットがあれば、わざわざ国外に住んで、とまでしなくてよくなるのは良い流れ。あらゆる学校でリモート前提となるまでにはまだ時間かかりそうですが、この流れが加速することを期待。

住む場所に関係なく、いろんなことができるようになるのはほんとに素晴らしい変化。あとはこのウイルスによる感染が、インフルエンザに感染したときのような短期で完治、副作用にも慄く必要がなくなるようになれば…




Regards,


Knz


守るべきものが分からなくなるとき。

Posted by Knz  at 12:28 AM
サイレントトーキョーなる映画を自宅で鑑賞。

観た後の感想として、直感的に、守るべきものが分からなくなったときに見失うもの、自分の進むべき、進みたい道分からなくなること、というのがあるよな、と。

自衛官など崇高な世界の仕事でなくとも、自分の人生でも何度かそういうことがあった。

今は不思議とベクトルはあるはあるのだが、見失うと暫くただただ無気力になる。

自分のように、また普通の生活に戻れればまだマシな方で、そのままあらぬ方向に舵を切り、あり得ない方向が正である、と側から見ると暴走、狂ってしまった、というほかない結果になることもあるのだ。

戦争、という極限を経験すると、PTSDと言われるような精神障害を負うこともある、というのはよく言われること。多分、今回の映画の犠牲者もその一例のようなものだろう。


守ろうとしているものが自分の認識と異なる世界に向かおうとした時、信じてきたものの存在が大きいほど、自分の何かが瓦礫のように崩壊してしまう、憎悪や憤怒となりエネルギーの向く先が信じがたい結末をもたらす。


そういうギリギリの何か、というのは世の中に実は潜在的にありふれていて、亀裂のように日々、犯罪や戦争、というかたちに姿を変え、歪みとして現れるのだろう。


何でこうなるんだよ、と、ただただやるせない、というか、声なき声が正とならない、この切なさ、儚さ、灯火のようなものをどうすればいいのか。


歪みのひとつひとつが緩やかに優しく修復され、時間の経過とともに傷が癒えていくように、ゆっくりとでも平穏な姿へと収斂していく。そんな世の中であればどんなによいものか。


元あるパイを取り合うような、殴り合いみたいな世の中でなく、少しでも旨いパイを作り続け、みんなで分け合い、うまいね、と言いながら食べ続けられる、そんな世の中にはならんのかね。



Regards,


Knz

Fukushima 50.

Sunday, April 25, 2021 - Posted by Knz  at 12:26 AM
3.11, 福島原発事案から早10年が経過。


未だに3.11以来、ミネラルウォーターを買って飲む習慣であるが、当時は完全に恨み節で人災以外の何物でもない、と思っていた。


現場の混乱、地震だけでなく、炉心溶融回避のため、世界初のベントを実施するため、決死隊と呼ばれる現場作業員で圧力を外部に逃す、結果、爆発よりはマシな放射線量を放出する、という試みも実施。

次々と下される現場判断を見ていると、映画ゆえ、綺麗に描いているところはあり、実際はもっと混沌としていたのだろうと思うが、極めて厳しい環境下で最前線の原子力プラントエンジニアが奮闘し、炉心溶融回避のために原子炉を海水で冷やす活動をしていた人達、自衛隊員のひとつひとつの積み上げが、原発を放棄せずに沈静化することに繋がったのだろう。

東日本はチェルノブイリを超える惨状に至っていた可能性もゼロではなく、と振り返ると、全く違う未来になっていた、というか生きれてないかもしれない、ということである。

最前線で刻一刻と変わる状況を踏まえ、ひとつひとつ判断を下すのは勇気も覚悟も要る。その結果が吉と出るかは分からないが、その都度、最良と思える選択肢を決断するのは胃がキリキリするがリーダーはそれを求められる。

また、最前線で旗を振り続ける必要があるし、一波乱あれば現場の最前線に駆けつける必要がある。火事場を他山の石、と見ているだけの人も世の中いるが、リーダーは現場を目で見て最善を尽くす義務があると思う。それを地でいくような様子に只々感銘を受けた。生きるか死ぬか、という局面、連日徹夜のような状況下では、極めて難度の高い意思決定の連続だと思う。冒頭申したような、人災、と整理するにはあまりに不誠実で、むしろリーダーたるや、どうあるべきか、を大いに思いしらされる現場風景である。

肝に銘じておきたい教訓のようなものを再認識するに至った好作だと思う。


Regards,


Knz