ブランデーとウイスキー。

Saturday, October 17, 2020 - Posted by Knz  at 9:44 PM
寒くなってくるとウイスキーが飲みたくなる。

マッカランのボトルが部屋にあるので、たまに
ストレートで飲むのだが、この季節になると
格別。

パンチの効いたものが飲みたくなり、スモーキーな
ウイスキーの飲み比べセットを物色したり、
少したまにはフルーティーなのもいいか、と思い、
ヘネシー、リンゴから生成されるというブランデーも
興味本位に調達。


金曜夜から週末にほろ酔い気分で過ごすのは恒例なのだが、昨日は仕事詰めだったから時間差でお楽しみ。


バー、とかもいいんだけど、一人でぼーっとしながら
静かに呑むのがいいんだよねえ。経済的だし 笑。



Regards,


Knz

Maschine mk3でのトラックメイク。

Sunday, October 11, 2020 - Posted by Knz  at 12:40 PM
Maschine mk3を昨日セットアップし、Macに入れてあるnative instrumentsのkomplete ultimate 12の音源をベースにテストで4小節作ってみたが、想像より少し上くいの感触。

やはりキーボードなしでコードなど、デジタルにメジャーだ、どのキーだ、とセットして、パッドを使って曲づくり、というのはあたかもドラムの打ち込みをするような感覚でメロディーラインまでいけてしまうし、鍵盤だと指の運指の制約があり、リアルタイムに手を動かすとこうは動かない、というものも、パッドなんでリアルタイムでいけてしまう。

感覚的に、いつも聴いてるような音楽を、maschineの音のブラウジング中に耳で感じて、インスパイアされるままに音を重ねていくと、音楽理論とかあまり考えずとも曲作りはサクサク進む。

現にインストール作業で21:00くらいから開始して、気づいたら2:00amを過ぎていた、というくらいのめり込んでいたので、高校や大学時代のときにシンセサイザーにとにかくのめり込んだときと同様の面白さ、のようなものがあるのは間違いない。


まだ、パターンの一節を作っただけだが、Udemyで買ったmaschine講座やyou tube見たり、マニュアル本などamazonで買ったものを見わたしてる限り、まだまだこうやればこれができるな、昨日の4小節の編集で発展形を作っていけば、このままDAW、キーボードレスでトラックを作り切るのもいけそうか、という感触。


もちろん、ボーカル入れようと思ってるので、DAWは使うのだが、ボーカルレコーディング、ミキシングもizotopeなる会社のAI仕込みの自動分析、最適ミキシング提案を適用していけば、rx8でノイズ除去、ozone, neutronで即席で完了する(あくまで趣味レベル)、という工程を踏むと、以前ならば膨大な知見、りそーす、時間を投下して制作されたスタジオクオリティのものに、素人一人でも届くか、というほどの、それなりのクオリティに仕上げることは出来そう。

マイクもコンデンサーマイク+部屋の反響抑制対策の代物を仕入れてあるので、曲そのもの以外のソフト、ハード面は相当充実したものを整備できてきたか。

あとはAIの音声合成がもう少しUI/UXがいいものが世の中に出てきて、自分でない人に歌わせられるようになれば、もはや高校時代に夢にも思わなかった、自己完結の曲作りはほぼ完成形になる。


こう仕事以外のことで妄想を膨らませるのも非常にワクワクする。


やっぱりシンセとか電子音楽機器を使った音楽制作が好きなんだろうな。。これだけは一生飽きない気がする…



Regards,



Knz

意思決定できること。

Friday, October 9, 2020 - Posted by Knz  at 11:58 PM
意思決定できる、という人は意外と少ないのかもしれない、というか、それを勇気というのか、腹括るというか、それができる、できない、という大きな分岐点があるのではないか。


先般書いたようにしのごの言うひとつとして、この意思決定への不安、というか、それを完全に回避したい人というとはいるのだ、という現実に最近愕然とする。


それができるであろう人もいるのだが、こちらの目からできるだろう、というのと、その人の自己認識は大いに異なることがひとつやふたつではない。


その意味ではかなり意思決定を自分はこなしてきていたのか、とカン違いなのかほんとなのか分からないような今日この頃である。

前にも書いてるとおり、当然私以上に責任範囲が広い、重い人はたくさんいるのだが、それでも私を基準にしても、そんなにちんまりしてていいのか、もっとできるはずだぞ、と傍目に見ても、自分で天井作ってしまってる人が少なからずいるように見受ける。


失敗への恐怖心がその人たちよりは私は希薄なのかもしれない。もちろん家族を養わなければならないし、それなりに自分の好きなことはしたいし、必需品以外で買いたいな、と思うものもあることはあるから、当然だと私も失敗が全く怖く無いとはいわないし、失敗せんように慎重を期す、むしろ失敗して関係者が何だこりゃ、となる事態を回避したい、という方が適切だろうか。


最悪クビがとんでもなんとかする、というある意味割り切ってるからなのかもしれない。だってそうなったらなんとかするしかないんだから。


その腹づもりがあるかどうかの違いなのかな。こう書いてるとそんな気もする。


そんな人に限って他人には厳しく、やけに自分の評価がインフレしてる気もするので、そこは不思議だが…


私のようにそんなに大したものを生まれ持ってない身からすると、何と勿体ない、と思うことがほんとに多い。



世の中不思議なことを歳を重ねても目にするものだし、その衝撃のレベル感たるや唖然としてしまうほどだ。マヨネーズのパッケージを絞り切ってようやく出てきた数滴、のようなレベルまで活用しないと自分は何だが生きてる気がしないので尚更だ。




うーん、不思議、、、




Regards,


Knz



しのごの言わず。

Saturday, September 26, 2020 - Posted by Knz  at 12:26 AM
コンサルファーム時代に振り返ると現場と
組織上とで計10数名の部下がいたが、現場
だけでそれなりの人数がいるとマネジメント負荷は
かなり高い。

100名、1000名、とか管掌してる人には鼻で
笑われそうだが、ちゃんとひとりひとりに向き合う
前提だとそれなりに大変である、のは正直な感想。

前にも書いたが、結構マネジメントを軽視していたので、それを克服するのがテーマで転職してるし、多くても少なくても得意不得意を問わず、向き合えるか、は真剣にやったことがない限りは理解できないだろうな、とは思う。それだけケースバイケースで人の数だけ異なる対応、アプローチがあるから、だろうと思う。あまり教科書的なものは通用しない、地頭でその場、背景、状況、相手の反応や性質、スキルレベル、など、かなり色んな変数がある中で最適解を頭フル回転で探し、打ち込み続ける、という結構タフな仕事だ、と正直思う。

プレーヤーとして一人で作業し、失敗の許されない資料など作ったり、それをプレゼンするのはそれはそれで大変なのだが、個人に閉じる話と相手がいる話は次元が異なる。コントローラブルでないところが個人の場合より遥かに多いから、と思う。

部下の人たちと話していて思うのは、ハードスキルが偏ってて、しのごの言って仕事を選ぶ人と、よーわからんが、目の前の仕事、あるべき仕事をとにかく真摯にやる、大きくはこのふたつに分かれるな、と思う。

しのごの言ってる人はそれなりにできる人であることは事実なのたが、どこか成長の伸びしろがもうほとんど無い、年齢重ねてメンタル、体力的に衰退してる分かえって退化してないか、と感じることもままある。


他方でとにかくやりきる、という人も少数派だがいる。採用などではこういう、やりきれる人、を色んな角度からとれるよう、またそういう人に育成していけるよう、というのが極めて重要ではないか、と最近思う。大きな分岐点として、ガタガタ言わずにとにかくやり切る、という人はどんどん周りから信頼されるし、やる仕事も増えて、結果、他の人よりは数倍早く成長していくように思う。やりきったあとは何とも言えない感慨のようなものを感じているようにも側から見ると思える。


こう書いてると、要はしのごの言えるのはレイヤーの低いところだけで、しのごの言ってる暇などないし
そんなことやってる暇があればやるべき仕事しろ、というモードでシニアレイヤーに近づくほど仕事しているので、しのごの言って結局動けない人は一生今より大きな仕事もできないのだろうな、と、残念な気付きに至る。



そうだとするとこれまたよく言う話かもしれないが、伸びるやつは伸ばしまくり、どんどん仕事のレベルを上げていき、しのごの言ってる人は今の仕事を粛々やってくれ、と大別するほかないようにも思える。
寂しい話だが、今日、評価会議がありそういえば高いレーティングは一部の人にしかつかないし、世の中そんなものか、というある意味覚めた目でみる他ない、と思うふしもある。


もはやこの年齢になると、諦めるしかない人たちも一定数いることを受け入れるしかないかな、と世の中で当たり前のことを今更思ったりする…


こう書くと、しのごのいう人の思考回路が理解しがたく、どうしてこうなるのかな?と不思議で仕方がない。


仕事観、というか、何をあたまに置いて仕事に取り組むか、物事に取り組むか。戦略的、効率的、ショートカット、とか、みんな楽したり、ズルしたいのかもしれないけど、それじゃあ積み上がらないものもあるよ、って、みんな思わんのかな、と凄く個人的には不思議に思う。


不思議思うことを、そう思う相手に伝えてあげるのが仕事なのかな…



ぐるぐる回って目が回りそうなのでこのへんで…



Regards,



Knz


ポチった…

Saturday, September 12, 2020 - Posted by Knz  at 10:00 PM
有機ELテレビ、中古なら程よい値段で買えたので、
買ってしまった…

朝見てからずっと有機ELのこと考え続けてて、
一目惚れした女の子に胸をドキドキさせて(おっさんが
もはや言ってくれるな、ってのは承知だけども、うまい例がそのくらいしか浮かばない…)
と、いうのに似たものを感じて、これは買わないと
収まらないやつだな、と判断。

機材なり本など大量に最近売却してるので、その
資金を充当すれば足が出るのはわずかで…



うーん。我ながら衝動買い、だが、こんなに
感動的に綺麗な画面を見れるのは憧れもあり、
転職して落ち着いてきたので、自分へのご褒美…

ブルーレイとか映すと凄い映えるんだろうな。期待。






Regards,


Knz

4K有機ELテレビ。

Posted by Knz  at 11:25 AM
歯医者に行ったついでにユニクロで家着を買ったら、
ビックカメラと繋がってたので、テレビを見に行ってみた。

10年以上使っててまだ使えるのでもったいない、とは思いつつ、最近のテレビはどんなもんか、と見に行ったのだが、有機ELテレビなるものは新聞でしか見てなかったが、凄いクオリティだ。中でも日本のメーカーのは素晴らしい。非の打ちどころがない。

単なる4Kが隣に置いてあると大幅に見劣りし、買う気がうせるが、有機ELは次世代感がかなりある。4Kの映画がデモで流れていたが、本当に手触り感があるような映像で2Dなのに3Dの感覚。

ほしいなー、と妻に相談してみるかな。デカイのは嫌、とか平気でいいそうだが、少なくとも55型以上、できれば65型とかがいいが、コスト的には55くらいがリーズナブルな気がする。



Regards,


Knz

通勤ほぼ無し生活。

Thursday, September 10, 2020 - Posted by Knz  at 11:09 PM
どこの会社もそうなってきているんだろうが、通勤無し生活、とは、慣れてくると意外と自分に合ってる、と思うように。


たまに社外関係者に会うために都内に出る必要があるのはあるんだが、月イチくらい。


東京は確かに刺激に満ちており、色んな店だの新しい発見が色んな場所で相次ぐ、エネルギーは感じるが、他方で毎日いかんでもええやろ、とも思う。


たまにいくくらいが郊外育ちの自分には丁度いい。
もはやいま治療中の歯医者にいく頻度の方がオフィス行くより多い状態。



たまにいくと、東京はやはり面白いほど景色が変わるし、まだいったこともない場所があるし、いったことがないところに行くと胸が躍る。

そんな楽しみは住居のある場所にはほとんど無い。



通勤が無いので運動不足になるからほぼ毎日ジムにいき、ジムが休みの日以外、週6で行ってるし、夕飯食べる時間も仕事の合間、とかだから夜遅くに食べることはなくかなり健康的。


思えば最初に入った会社でアメリカに出張したとき、もう10年以上前だが、当時からアメリカの人達は自宅で仕事するのがスタンダードだった。国土が広いから通勤なんか無い方がいいのだ、とそりゃ当然だなと思ったが、今、日本で同じことがやっと起きてる、しかもコロナという必要に迫られて、ということがないとそうならないのは、最近よく言われるITリテラシーの低さゆえか。。世の中、ITリテラシー低い人に向けた労力が社会全般でかかってる、と何ともレベルの低い話が公然と書かれているのはどんな国やねん、と突っ込みたくなる。


テクノロジー礼賛、となりがちだが、確かにテクノロジーへの期待値は高く、より便利により効率的に短時間でできるようになることが増えるのはwelcome、とは思う。とはいえ田舎も好きだし、アナログなものもモノにより好き、と自分の中で相反する概念がモノにより混在している。



何を書いてるのか分からなくなってきたが、、、自宅で過ごすことが増えると、コントローラブルなことが多いのでストレスが少ないのだ、ということでないか、と。

オフィスの良い悪い、特に公共交通機関を含め、自分には冷暖房の非効率さがものすごいストレスで、自分の体調に合わせて服をすぐさま着替えるし、冷暖房も自分に最適にコントロール可能。皆んなが暑くても自分には寒い、となれば厚着する必要があったが、自宅にいれば都度調整できて、快適である。仕事の合間に着替えもできるから汗かきっ放しで風邪を引いた、とかもこの夏は皆無。

また、何より作業に集中できるし、会議さえなけれ
ば途中でジム行って、また再開、とかできるし、子供にもたまに話せたり。土日しかほとんど家族と話せない、とよくあるモーレツサラリーマンに陥ることもない。実態はあまり変わらないが、オフィスにいたら同僚と会話するのだろうが、家族と話す時間に充当され、家族持ちとしてはかなり健全。


他方で、やはりネックは同僚との関係性作りか、と。未だに殆ど会ったことがない人達とリモートで会うのみ、というのは、慣れるしかないが、やはりどこか薄っぺらい、というか、本来の信頼関係、のようなものが希薄なまんま、に思ってしまい、そこは何となく寂しいものも無くはない。


トレードオフはいつでもあるので、100%完璧、は無いが、ネットしても自分には今のような働き方なら死ぬまで働けそう、とは思う。需要さえあれば、だが。

最近は投資にもまたトライするかな、と思う今日この頃だが、投資家の人生がいいか、というとまたそれは違うか。

起業家よりは参謀型かな、自分は、とこの歳で何となく感覚値としてそう思うので、参謀型の仕事は持ちつつ、投資家でもあり、空いた時間は音楽に投じる、とかが理想形かもなあ、と何となく最近思いはじめている。

一通り機材も売れるものは売り、最近のテクノロジーにリプレースして、殆どセミプロレベルの環境は再構築できたので、また年内に試験が終わったら、しばらく遠ざかってた創作活動に精を出すかな、とか思ってたり。


こうして書いてると、自宅で自分なりにフォーカスして、稼いで飯食べれて家族養えたら、それなりに人生幸せに生きれそう、という感触。


ゴージャスなのもたまにはいいけど、身の丈に合ってるのが自分は何か気楽かもな。



Regards,


Knz