通過ラッシュ…

Saturday, April 11, 2020 - Posted by Knz  at 8:43 AM
先週、今週、と一気に色んな会社と面接を
して、オファーが出そうなところも数社、
書類、一次通過の連絡が相次ぐ週末となり、
妻も安心させることが出来、何より自分が
かなり精神的に安定してきた。


食いっぱぐれることはないだろう、とは
思っていたが、望むような仕事が出来て、
経済的にも十分な水準、というやや我儘に
活動をしていたので、やはり一家の大黒柱として
の責務を果たせない状況になりそうになったら
更にスコープを広げて受ける必要あり、と
いう思いでいたので、ハラハラしていたのが
正直なところ。


喉のとなりあたりに謎の白い粘膜の腫れ上がり
みたいのができたり、足に蕁麻疹が出たり、と
体調が謎の状況に陥っていたのも同時に回復を
してきて、大分、安心して過ごせる日々が到来。。


内定が出ても、既に組まれてる面接は受け切り、
エージェントにはご迷惑をおかけしないように
、と思って…


1日2,3件の面接、という日々は思っていたより
大変でコロナでリモート実施、とはいえ企業
研究や面接の想定QAなど、新卒の就職活動並みの
頻度を難易度高い社長だのパートナーだのとこなす日々は緊張感に満ちており、疲労感が夜になる
と半端ない日々が続いた。


ずっと思ってきたことだが、こう新しいところに
繰り出そう、というときに、これまで積み上げ
てきたものは実力値として如実に表れてくる。
面接とかでサラサラ話せるか、というのは
色んな局面で真摯に向き合った経験が無いと
結構舌を噛んでしまうのだと思うし、自分なりに
リサーチ、研究をして、仮説を立て、考えを巡らし
ておくことで、仮説と違うことが分かったらまた考え、とグルグル想像を巡らしておくことが、予期せぬ
応用問題のような問いが飛んできたときの瞬発力として威力を発する。思えばこれはコンサル時代や今のポジションで身につけたものだな、と。


また、当然だが、ひとつのマーケットに向き合う活動なので、会社と当方との相性や需給関係も相当程度
関係する。感覚的には3勝7敗くらいでしか書類は通過せず、面接は8勝2敗くらいか。アラフォーの就活とはこんなものなのか、と思って、面接までいげはあとは何とかする、というようなメンタリティになれたのは大きい。千本ノックのようにコンサルや外部の投資家や金融機関と向き合ってきたここ5年くらいのことは地味にこういうときに役立つものか、と改めて自分で認識…


あまり変化球は投げないタイプなので、それでも求められる、という自分の価値を確かめられたのは大きなことでありました。


Regrads,


Knz





アラフォーの転職活動で思うこと。

Saturday, April 4, 2020 - Posted by Knz  at 7:54 AM
30半ばくらいまではプレーヤーとして活躍できるか、
という視点で転職候補先から見えていたように思う。
相手の質問からちゃんと実務を回せるのか、という
観点で聞かれてるから、自分のハードスキルと出せる
アウトプットに対する説明がほぼ全て。

もちろんソフト面も聞かれるのだが。


最近、一気に転職先を探して毎日一、二件、面接してはエージェントに話し、面接のフィードバックの電話、メール、選考結果踏まえて面接アレンジ、など、会社にも仁義を切った上で、ほぼ仕事のような勢いで活動しており、この歳になり、自分がマーケットでどういう評価を受けるのかを肌で感じられ、プラス、マイナス、双方のフィードバックは凹むこともまああるが、なるほど、そう見えるのか、と改めて認識させられることもあり、今後、どう自分を鍛えていくべきか、という点で参考になる。


コロナがよくも悪くも、移動時間無しでできるビデオ面接、のようなことを許容してくれるご時世でもあり、移動にかかるコスト、時間を省いてくれるのは非常にやりやすい。

他方で、コロナゆえに採用側はコンサバになっているところも無くはなく、採用の全体的な潮流としては決して良くは無いのが基本、ただ、そんなの関係なく欲しい、というところは欲しい、という強い需要も感じる。テック系やコンサルは不況やコロナ何か知らん、というくらい相変わらず右肩上がりの成長を続けるための人が不足、というように感じる。



話をもとに戻し、書いておきたかったのは採用サイド、として、この年齢の人間を採りたい背景はその人のハードスキル、というより、難度の高いディールをクローズできたり、組織を束ねてリード、マネジメントできるか、若手メンバーの育成までできるか、先日も書いた、英語圏の人たちとも肩を並べてハイレベルな議論や提案ができるか、など、大きな何かを動かせるレベルの人間か、メンバーを束ね育て、組織、体制を強くしていけるか、という自分個人以外のところまで及ぶ責任、依存関係がある物事を任せられるタマか、という観点で見られてるな、というのをヒシヒシと感じる。


もちろん伝統的な大企業だとまだまだあんたはメンバーとしてちゃんとできんの?的な年齢だろうし、よくて課長、とかかも知れないが、新興企業だとレイヤーが高いところで、ちゃんと結果を出せる人間か、という点が期待値なのではないか。結構、あんたから組織にインプットして欲しい、的な目線で話をしてもらってるように思えることがここ数日複数あった。もちろんコンサルだと相手はパートナー、とかなので、お前にインプットしてやる、くらいの目線で見られてルナだろうが 笑、逆にそのくらいハイレベルの知見が無いと、あの生業はクライアントから高いフィーももらえんので、まあ当然と言えば当然。



学生の頃のようなひたすら次から次にいろんな会社の人と会う、という経験をこの年齢ですることになるとは思わなかったが、滅多に無い機会なので、来週以降も目の前に来た機会をひとつひとつ真剣に検討し、あとはもうフィーリング、というか、40代に入って仮に10年、それ以上やるとしても後悔なく取り組めるのか、という観点で最終的な着地ができるように、と。





Regards,



Knz





新聞記者。

Posted by Knz  at 12:17 AM
前から気になってて、やっと観た。

新聞記者(映画)。


自殺まではしてはならん、とは思うが、やはり、
これはいかん、人道的に、道徳的に、
倫理的にどうしてもいかん、という仕事を
する羽目になったときの心情というのはこういう
ものだろう、守るべきものがあるときは
尚更、と非常に共感できるものがある。


私の場合はそんな組織なら見切る選択をするが、
、、極めて献身的に国家に資するべし、という
国家公務員の人には国家しか無い(民間のように他社に
いくなる選択は、国を跨がない限り無い)ので、
思い詰める度合いも人一倍なんじゃないか、
とか色々想像を巡らせながら観ていた。


真実を真摯に追い求める好演もグッときます。


金曜とか週末はやはりエンタメで頭を強制的に普段の思考から切り離すくらいが最近はいいな、と。



Regards,


Knz

父の横顔の記憶。

Friday, April 3, 2020 - Posted by Knz  at 10:31 PM
私が幼い頃に父は毎晩のように晩酌、お湯割の
ウイスキーなど、結構度数の高いものを飲んで
いた記憶がある。


毎晩のように酔っ払い、正直みっともないような
酔い方をしている夜もあったように思う。


今思うと、自分の今の年齢より少し上、くらい
じゃなかったかな。


その後、私が社会人になってまだ駆け出しのサラリーマンだったころに大病をして、今はほぼ飲まない人なのではあるが。




今の自分と思っていることがどれだけ似ているのか、
はたまた全然違うのか。それは分からないし、時代も違うので背景、状況、やってる仕事も全然違うし、
何とも言えない。



ただ、何となく、父もいまの私が思っている、背負っている目の前の家族の幸せ、のようなものは頭にあったんだろうな、と。どんどん子供も大きくなり、妻にもあまり負担をかけたくないな、悩んでほしくないな、みたいな。


責任感の強い人であると思っているし、結構愚痴るようなタイプでなく、粛々と毎日真面目に早朝から会社に行くような人であったので、多分自分で何とかしよう、という気概でやっていたのではないか。


こんな話もまともに尋ねたことは無いが、そんなに外れてもないと思うし、あまり身体も強い方ではないのに付き合いだなんだも相当大事にする人で、よく夜遅くにタクシーで帰ってきていた記憶もある。


古き良き時代にもー烈に働いた典型的なサラリーマンであったろうに、と思う。


結構なストレスを自分で解消するために、ひとり、夜な夜な晩酌していたんじゃないかなあ、と思うのは、自分が同じような年齢になってきて、背負うものもそれなりに大きなものになってきたからか。



自分のやり甲斐だけでなく、家庭とのバランスは可能な限り確保し、その制約がある中でどれだけ生きたいように生きれるか。


最適解は自分で導く、切り開くしかない、それに向き合い、邁進していく、というのが何やかんやで落としどころなんかな。



最初に本命と思ってなかった事に、向こうから猛烈アタックされてきて、それが結構やり甲斐もあり、将来性も無くはない、という場合に、いわゆるcomfortable zoneみたいなところに着地しそうだけど、これってどうなんだろうね…



週末と来週、また考えながら動くしかないな…





久々に五次方程式みたいのに対して解をださねばならん。




Regards,


Knz

シニアレベル✖️英語力の不足?仮説。

Tuesday, March 31, 2020 - Posted by Knz  at 10:29 PM
諸々の事情があり、想定外に転職活動中。

今回気づいたこと。



ここにきて英語力が何故か相当バリューが高い。帰国子女でも何でもないが、実務レベルでなんだかんだビジネス遂行ができるレベル、というのは通用するらしい。



経験、スキルがある程度ハイレベルになってきたときに英語力があると中々組み合わせとしていないらしい。

外資系やクロスボーダーの案件は非常に通過率が高い。

だがしかし、コンサバなドメドメ案件はかなり通過率が低い…そりゃこんな短期に転職、となればウケは悪い。。。今回ばかりはかなり不可抗力なんだが、そんなの受け入れ側にはあまり関係無いんだろうな…


うーむ、、、



コロナだなんだ、とこんな情勢の悪い時期に転職を試みるのは初めてで、周りも同じような状況なので苦労している様子が耳に入ります…



はよ情勢が改善せんことを。




Regards,


Knz


妄想。

Friday, February 28, 2020 - Posted by Knz  at 12:21 AM

これがUIの良いソフトウェアで商用化されたら
自分が歌って欲しい、と思う人に歌わせる、
ということが実現できそうで憧れるなあ、と
ぼんやりと妄想。




まだR&D段階なんだろうけど、そんな妄想が
現実に使えるテクノロジーとなるのにどれくらい
かかるのかしらね…数年、では難しいんだろうな


Regards,



Knz

連休に考える。

Monday, February 24, 2020 - Posted by Knz  at 9:54 PM
金曜に年末年始以来、というか、たまたま
関係者が休みの日が金曜だったので、私も
休みをとった。


またみなとみらいに行ってしまった…


妻が呆れるほどみなとみらいに行ってるのだが、
元町中華街から入り、山下公園、
大桟橋、象のうんたらを通り、赤レンガから
観覧車を横目にランドマークタワーの方へ。


年末に掃除して元カノの写真が出てきてから
たまには一人でいきたい、というか
妻は呆れてるのでひとりでしか行けないのだが、
平日の空いている日を、コロナの影響もあり
余計に空いている横浜をただ静かに自分の
ペースで歩いていた。



先週の水曜日、前職のお客様、同僚に呼ばれて
久しぶりに再会。

CFO、と呼ばれ、側から見るとそういえば
そうなのか、と忘れていたことを思い出す。



普段、さん、と呼び合う仲なので、そんなことは
気にしてないので、忘れていた。


が、そうみられる、ということ、それに違和感
をもつ人もいたのかもしれないが、それで通る、
という状況に不思議な感覚を覚えた。



社会人になりたての頃は相当意識したタイトルで
あるが、大した規模の会社ではないにしても
一応は目標地点には至っていることに気づく。



これを突き進めたい、というよりより難易度の高いシチュエーションでも自分はCFOのロールをこなせるのか、ということにひとつ興味はある。


二つ目として、自分は何を成し遂げたい、どうしたいのか、というと、大きくいうと日本の産業の発展、
新たな、大きな存在感を示せる領域を創出し、
子供たちが大人として過ごすときにも、今なお
日本ゆえの強みが強力に国際競争力を保持して
いるようにしたい、ということではないか。

あまり、子供の世代まで、と考えたことは無いが、何故前段の産業の振興、というのを考えるのか、問題意識として長らくあるのか、というと、日本の美徳というか、きめ細やかさ、誠実かつきっちりとやり遂げる、協調してチームとして最大のアウトプットを出す、ということに優れる人たちの多さでは群を抜いている、という認識が過去の社会人経験から思っており、ゆえに世界一になるべきものがそこにはある、と信じてやまない。勿論、米国、中国に比べれば、数がモノを言う、というか、人口やトップノッチの層の分厚さからゆえ、勝ちようもないほどの彼我の差が生まれるのは否定のしようがない、とは思うものの、それでもミクロにみた時の勝率は日本のそれの方が高い、と思っている。


その勝率の高さを可能な限り、高い頻度、広範囲に生み出せることを実現できるとすると、人材もそうだが、テクノロジーによる革新が大きく寄与することと信じている。


テクノロジーの発展を、残念ながらエンジニアでもなく、エンジニアリングをやろうにも、嫌いではないが、どう考えてもそこが自分のコアな強みではない、という認識から、少なくとも最大威力を発揮するためのドライバーたる資金力の確保、そのための資金供与の主体へのアピール、そのための管理、制度会計、など、自分のコアとする領域で寄与できたら、と思っている。


それが特定の会社に属することで成り立つのか、フリーエージェント的にやるのか、そのハイブリッドか、などはまだ分からない。が、恐らく、今年度中には何らか、外的なプレッシャーからの可能性が大、だが、とらねばならなくなる、心の準備、というか、精神を落ち着けておかねば、と思う日々になってきている。



現実逃避ではないが、音楽にこの連休中に久々に触れた。いくつかの本もザーっと読んだ。

ある本に5,10年、と音楽をやるなら感覚だけに任せた制作よりも、ちゃんと理論やノウハウを身につけた上でやるべし、と。頭ではわかってはいるが、やってこなかった、でも5,10年経っても音楽だけは変わらず好きだし、やっぱりちゃんと作れるようになりたい、と思うのも変わらぬ事実。

コード理論の本を読めば耳コピを繰り返せば分かってくることも多い、というか、コード理論を身につける、理解するのに耳コピをお勧めされているのは、個人的な理解では、耳コピは音をちゃんと捕捉するために何度も聴いて確かめる、その間に何度も弾いて確かめるので、終わる頃には耳コピした曲は一通り最初から最後までセルフアレンジで、という前提付きだが弾けるのだ。そして、それらのプロセスで身につけたコード進行、展開の仕方や、自分にとって気持ちいい響き、という誰にも教えられない、自分だけの血肉となったノウハウが身についているのだ。思えば自分の曲は結構苦労して耳コピした曲の数々がベースになっている。結局、演繹的ではなく帰納的にしか自分の曲の引き出しは増えないのではないか。妻に自分の引き出しが少ないからいい曲が作れん、作れても物足りない、という話をしたら、伝えたいことをまずは決めて、そこからメロディ、最後にコード、だろ、と言われたが、正しいは正しいけど、具体的仕上げるときにはどうしても自分の引き出し、インプットしてきたものからしかアウトプットできない、とも話し、であればインプットを増やすのみ、だな、とジムで走って、風呂に入ってるときにぼんやり思った。




何か、連休中に巡らせていた考えを一通り書き出す
だけになってしまったが、大分考えが整理された気がする。


統計だ、ポートフォリオだ、の勉強もするのだけども
週末に少し、でもいいので、積み重ねを始めようかな、と。





Regards,


Knz